「あたし彼女」現代語訳

某人が「あたし彼女」を5ページで挫折して読めなかったそうなので、かんたんに現代語訳してみました。
「トモ」の章その他、大幅にはしょった部分もありますが、話の内容を抵抗なく知りたい人はご覧ください。

原文はこちら
http://nkst.jp/vote2/novel.php?auther=20080001

正直、これだけを読んでも、話的にありきたりというか、ご都合主義的な展開だな〜という感想になってしまうと思います。
僕個人の感想としては、話そのものではなくて、主人公の一人称語りと(過剰な)口語体によって、同世代で同じ立場の読者が容易にかつ深く感情移入したり情景を自分なりに想像するのがこの作品を読む上での楽しみなんじゃないかなと思います。
ちなみに僕自身はおかんとの会話のシーンで不覚にもぐっと来てしまいます。現実の母親とはあまり悩みを打ち明けたりとか深い関係がないからあこがれているんでしょうかねー?それとも単に母親世代に近づいた(=年を取った)だけでしょうかorz


あたし


トモの彼女


だからさ


ねぇ


キスしてよ




私はアキ。23歳です。
わりと顔がよくてモテる方なので男をとっかえひっかえして生きています。
過去に子供を2回ほど堕ろしたり、不倫して相手の奥さんに刺されたこともありますが…まぁ過去のことです。
実家暮らしで、その時の男の稼ぎに頼ったりもできるので、働いてはおらずいわゆるニートです。


現在私は合コンで知り合った「トモ」という男性と付き合っています。
トモは優しい男性で、セックスの相性も良いです。
私は料理なんて出来ないのですが、彼は料理が得意です。彼の作ってくれる生クリーム乗せのココアが私は大好きです。
彼の方から連絡やメールをくれることはほとんどなく、それだけは多少気になりますが、私のことは好きなようなのでまあ良いでしょう。


ある日、仕事で会えなかったお詫びにと、トモが私にブレスレットを買ってくれました。
それはカップルでお揃いに出来るたぐいの物だったので、トモの分も買ってもらって二人でお揃いにしました。
彼の方は最初は抵抗があったようですが、いざ買って着けてみると、まんざらでもなさそうでした。
私の方も、お気に入りのブランドだったので大満足です。


その日を境に、私は優しいトモのことがどんどん好きになっているのに気がつきはじめました。
会うのが本当に楽しみになって、少ししゃくですが彼の車を窓から見て待っていたりすることもありました。
ある日、私は以前から気になっていたことをトモに聞いてみることにしました。
彼のベッドにはおそらく元カノのものと思われるピンクの枕があったので、その事です。
「元カノの『カヨ』のものだよ」
予想通りの答えでした。
別に有って不愉快なものではなかったのですが、今は私が彼女なのですから、こんなものは不要でしょう。捨てるように頼んでみました。
しかし、返ってきた答えは「捨てられない」。それだけでもかなりカチンときていたのですが、その後にトモが話したことの内容で完全に私はキレました。


彼は、交通事故で亡くしてしまった「カヨ」の事が今も忘れられず、私が「カヨ」に似ていたから付き合い出したと言うのです。


元々私は自分勝手でワガママな性格ですが、流石にこれには後先を考えずにキレざるをえません。
枕や寝室中のものを彼に投げつけ、入れてくれていたお気に入りのココアもカップごと床に投げつけて彼の部屋を飛び出し、足がわりにとセフレの一人を呼び出しました。


…次の日になりましたが、私のトモヘの思いは募る一方でした。
私は彼が好きでした。
カヨがきっかけでも、私を見てくれるようになるかもしれないですし、やはり彼と一緒にいたいと思いました。
私は彼に昨日のことを謝り、これまでと変わらず彼の彼女として居続けたいと申し出ました。
最初は渋っていた彼も、私の熱意をくんでくれて、なんとか関係を再開することができました。
私は携帯のメモリーから男友達やセフレの名前を消しました。彼以外の関係は不要だと思いました。
ワガママも抑えて、彼のために我慢をすることを覚えました。
ある日、意を決して私は彼にご飯を作ってあげることにしました。私のことを気に入って貰えるように、多少は頑張ろうと思ったのです。今まで料理などしたことがない私でしたが、母親に教わりました。漫画のように指を切り傷と火傷だらけにして。付け焼き刃の腕前では当然のごとく失敗作でしたが…彼は美味しそうに平らげてくれました。
そんながんばりが認められてか、私は次の休みにトモの家に「お泊まり」をしないか、と誘われました。当然断るはずがありません。家に帰ったあと、年がいもなくキャーキャーとはしゃいでしまいました。


いよいよお泊まりの日です。あの日以降なんとなく触れ合ったりするのもためらわれていましたが、今日なら…少し、期待していました。
今までの男性との身体の関係はただの性欲処理でしたが、トモに対しては違いました。彼と触れ合いたい。彼に求められたい。そう心から思っていました。
一緒にご飯の支度をしたりして、夫婦ってこんな感じなのかなと、とても幸せな気分でした。
あの瞬間までは。


洗い物をしているトモに、私は後ろから抱きつきました。以前よくそうしたように。
彼は、泡だらけの手で私をふりほどきました。
泡が飛んで、床に落ちました。
彼は私を拒んだのです。
私は我慢できなかった自分を恥じました。
「お泊まり」に浮かれて、性格のゆがんでいる私は変な自信を付けてしまっていたのでしょうか。
もちろんトモはこのことを何度も謝ってくれましたが、私に触れてはくれませんでした。
彼の優しさは、しょせん偽りの優しさなのでしょう。
お互いに気分は沈む一方でした。仕方なく、私は彼より先に寝ることにしました。
ベッドにあの枕はありませんでした。捨てては居ないでしょうから、どこかに仕舞ってくれたのでしょう。…そんな気を遣わなくてもいいのに。気にしないのに。


しばらくして、トモも寝室へと入ってきました。私はまだ起きていましたが、気まずくて、背中を向けて寝たふりをしていました。
そんな彼が私に掛けたおやすみの挨拶はこうでした。
「おやすみ、カヨ」
彼は居間へと戻っていきました。


私は声を押し殺して泣きました。こらえようと思ってもあとからあとから涙があふれてきました。
私がどんなに彼を思っても、彼が「カヨ」を思う気持ちには届かないのでしょうか。
なにをやっても、もう、だめなのでしょうか。
こんなに、彼が好きなのに。
ふと目が覚めると、トモが隣で寝ていました。本当は嫌だったかもしれないのに。
トモは、優しい人です。
私といると、「カヨ」のことが思い出されて、辛いですよね。
私も、辛いです。
もう、いいです。今まで、ごめんなさい。ありがとう、トモ。
そっと、寝ているトモにキスをしました。
最後のキスを。


私は彼から離れることを決めました。
朝、起きてすぐに、私は帰る支度をしました。つとめていつも通りの態度で。
私は、「カヨ」とは違う、傲慢で高飛車な女です。最後くらいは、格好良く決めなければ。
彼の車から降りる時に、私は彼にブレスレットを返しました。
「じゃあね」
彼は何かを言いたそうにしていましたが、無視して、ドアを閉めて家へと入りました。
彼の車はしばらく家の前に止まっていましたが、もちろんと言うべきか、携帯が鳴ることもなく、彼から私を引き留めるようなことはしてきませんでした。


部屋に入るなり、私は泣き崩れました。
本当に彼のことが好きだから、「カヨ」を忘れられなくても、それでも一緒にいられるだけでいいと思っていたのに、やっぱり私では耐えられませんでした。
私だけが、一方通行で、彼を好きだったのでしょう。
今まで、女友達の一途な思いを語る姿などを内心バカにしてきましたが、今ならそれが分かります。
私はこんなに変われたのに、トモには伝わりませんでした。
本当に好きな人に好かれることは、簡単なことではなかったのですね。


私は何もする気が起きず、ただトモのことを思っては携帯のメールを見返したりしていました。
一週間ほど経った時、さすがに母が心配して部屋に入ってきました。
「何かあったの?話して」
母の優しい言葉に、またこらえられず涙があふれてきます。23にもなって、子供のように母に抱きついて泣きました。
初めて好きになった人と、ダメになってしまったことを、母に伝えました。
「初めての恋でうまくいく人なんて、あんまりいないよ。それにまだ分からないよ?アキは可愛くなったよ。いい女になってきたよ?前のアキなら正直、嫌な女性だったかもしれないけど、最近のアキはとても素敵な女性になってきたよ?」
母は優しく私を慰めてくれました。
その日以降も、トモのことを思ってはボーっとする毎日でしたが、母の所にはよく顔を出すようになりました。
料理も沢山教わって、前みたいに失敗したり、指を切ることもなくなりました。


そんなある日のことでした。
聞き慣れた、メールの着信音。トモからです。…トモから?そんなまさか。
しかし個別着信設定している音ですから、間違いようがありません。
おそるおそる携帯を開くと、どこかのサイトを利用したのであろう、着うたのダウンロードメールでした。


意味が分からないまま、戸惑いながらダウンロードして聴いてみました。初めて聴く曲でしたが、綺麗な歌と歌詞でいい曲だと思いました。
そしてその曲はラブソングでした。
…彼は、何を意味してこれを私に?
さらに戸惑っていると、電話の着信音が鳴りました。トモからです。約1ヶ月ぶりの、彼とのコンタクト。
窓の外に、トモの車がありました。
「アキ、来てよ」
すっぴんで、髪も服もひどい状態でしたが、くだらない理由で彼を待たせるのは気が引けましたからそのまま外に出ました。
「アキ、会いたかった」
トモが私を抱きしめました。
何がなんだか分かりません。離れたはずの、私よりも「カヨ」が好きなはずの彼に、抱きしめられている。何故?


「俺、最初から、アキには他に男が居て、浮気とかをする子だと分かっていたけど、それでもカヨと似ていたから何でも良くてそばにいたんだ。自分からあまり連絡をしなかったのも、カヨとして見ていたからどうしても自分の中で納得がいかなくて。
…でもこんな未練たらたらな俺に、アキはそれでも一緒にいたいって言ってくれた。指を傷だらけにして、料理を頑張って覚えたのも知ってる。昔のアキとは全然変わってきていたし…。ふりほどかれた時に本当はショックだったのに強がってたのも、俺が名前を呼び間違えて、それで泣きながら寝ていたのも、夜中に俺にキスしたのも全部知ってる。…今まで、アキはどんな思いで俺と居たんだろう、そう思うと…アキには俺なんかより、もっといい奴が居るんじゃないかと、そう考えてた。
最後にあのブレスレットを笑顔で返された時に、引き留めたいと思ってしまった。でも今までアキに辛い思いをさせていた分、解放させた方がいいんじゃないかとも思って凄く悩んで…アキの居ない毎日が寂しかった。カヨではなくてアキという子に、ちゃんと連絡したかった。だけどもう嫌がられたよな、と思うと出来なかった。
だけど、これをカヨが見てたら俺間違いなく怒られるよ。『あんなに想ってくれているのに、どうして受け止めてやらないんだ。私はいいから、アキの所に行け』って。だから思い切って来たよ。
あの着うたは、俺からアキに…大好きっていう告白」


私とトモは、同棲をすることにしました。
私の親には私が言っておくと言ったのですが、律儀にも彼は自分で挨拶をしに来ました。そのおかげで親もすんなり賛成してくれました。どうせなら同棲ではなく結婚の宣言が良かったのですが…。
私たちはどこへ行くにも手をつないだり腕を組んだりしていました。家にいれば何回もキスをしました。
念願のセックスも無事に行えました。本当に幸せすぎて、初めて事の最中に涙が出ました。自分でも驚きましたが、耳元で吐息混じりに名前を呼ばれて、「愛してる」と言われてしまっては。
以前の辛い日々も、嘘のように忘れられると思いました。
友達にも「変わったね」と言われるぐらい、私は彼にぞっこんでした。


冬が来ました。トモと知り合って、2回目の冬です。
私とトモは、旅行に行くことにしました。
行き先を聞いても、「内緒」となかなか教えてくれません。当日、車に乗り込む前にようやく判明した目的地は…トモの実家でした。
さすがにかなり緊張をしていましたが、着いたら、今はご両親も旅行に行っていて家に居ないと判明しました。彼も意地が悪いですね。
夜になると、彼は車を山の中へと走らせました。田舎の町のさらに山中で、辺りには何もありません。さすがに不安になりました。
車は野原の真ん中で止まりました。トモはライトを消し、私を車から降りるように促しました。
彼が再度ライトを付けると…何かがキラキラと光っています。
「ダイアモンドダスト」
ダイアモンドダスト。マイナス10度以下でないと見られない、自然現象です。
初めて見た光。偽物ではない、本物の光。
凄い。
正直、以前の私ならこんな素敵なものを見ても何も感じなかったでしょう。でもトモのことを好きになってからはどんなものでも輝いて見えます。


次の日の朝。昨夜外で遊んだせいか、私は風邪を引いてしまい、残念ながら旅行もここでお開きにして家に帰ることになってしまいました。
と、そこにトモのご両親が帰ってきてしまいました。丁寧に挨拶をしたのに、ご両親は私の顔を見て呆然としています。
ご両親は別室にトモを呼び出してぼそぼそとなにやら話しだします。
「カヨさんとそっくりじゃない。無理してつきあってるんでしょう?母さんは嫌だわ、カヨさんに見えるもの。カヨさんが可哀想で」
「トモ、お前無理してつきあうことないんだぞ?」


…ここにきて、また、「カヨ」?
もう思い出すことはないと思っていたぐらい、私たちはうまくいっていたのに。
「カヨ」は私たちから離れないのでしょうか。
私だって悩んでいたのに。でもトモは、顔ではなくて中身を好きになってくれたのに。
ここにきて、反対されるなんて。
消えた不安が、また私の中で生まれます。
話を終えて出てきたトモは、まるで違う人のように見えました。彼を信用できなくなっていました。


帰りの車の中で、私は、トモに向かって怒りをぶつけてしまいました。
「カヨカヨカヨ!!あたしこの名前一番むかつく!消しても消しても消えないよ!勝手に死んだカヨが悪いんじゃん!何?あの会話!あたしにたいして失礼過ぎるよ!あなたの親、頭おかしいんじゃない?そんなにカヨカヨ言うなら墓にでも行って掘りおこせば!?」
…言い過ぎた、と思いました。でも、トモが怒って言い返してきて、歯止めがきかなくなりました。
「カヨは悪くない!」
「怒る意味がわかんない!今、カヨをかばった?ぶっちゃけ、まだ引きずってるんじゃないの?忘れたフリしてあたしといるんじゃないの?」
私から謝る気はありませんでした。どうせ、トモの方から謝ってくれる、そう思っていました。
その後の車中の空気は最悪でした。イライラと風邪のせいで吐き気がします。
昨日までの幸せだった日々の方が嘘だったように思えます。所詮こんなもんだ、うまくいきっこない、と。
…でも。それでも。
帰ったらまた、仲直りして元通りになれる、と期待している自分が居ます。
バカですね。


帰った後、風邪の私は寝るように言われて、その日は寝室にトモは来ませんでした。
次の朝、彼はおらず、置き手紙だけが残されていました。
「会社でトラブルがあったので仕事に行って来ます。夜も遅くなりそうなので寝ててもいいよ」
本当に仕事なんでしょうか。私から、逃げたわけではないですよね?
次の日も次の日も、私は体調が悪いままで、トモは私が寝た後で帰ってきて起きる前に家から出て行っていました。
彼は仕事でクリスマスのイルミネーションを手がけていると言っていたので、ちょうど忙しい時期にぶつかってしまったようです。
風邪が治った後も同じようなすれ違いの生活で、ずっと気まずい空気を直せませんでした。
メールも電話もせず、一緒に住んでいるのに…一緒に済んでいるから、すれ違いが寂しくて、余裕がなくて、「ごめんね」と言い出せませんでした。
仲直りして、ちゃんと仲直りして前のような関係に戻ったら、言いたいことがあるのに。


「トモ、あたし、赤ちゃん出来たよ」


私は元々生理不順でしたが、過去二度妊娠していますから何となく違和感を感じたのです。
妊娠検査薬では陽性。急いで産婦人科に行くとやはり妊娠していました。
エコー写真で見せてもらえた、8週目の小さい赤ちゃん。
今までは「何勝手に出来てるの?」と喜んだことはありませんでしたが、今回は違います。
産みたい。トモと私の赤ちゃんを、絶対に産みたい。
早くこのことを伝えたいのに、トモとはまだすれ違いの生活でした。


それから二週間が経ちました。トモとはほとんど話していません。ご飯も全く一緒に食べていません。作って置いておいても箸を付けた跡はありませんでした。
「痛っ」
下腹の痛みと黒っぽい出血。生理?そんなはずがありません。あってはならない、出血です。
急いで産婦人科に行きましたが、完全流産でした。エコー写真にも、もうなにも、写っていませんでした。
トモは、私が妊娠していたことも、知らないのに。
気まずいまま、赤ちゃんまで流れて、どれだけ私は辛くなれば良いのでしょう。
私は命の重さを初めて実感した気がします。前の赤ちゃんはかんたんに殺して、今回だけトモの赤ちゃんだから大事にして産みたいと思って…どれだけ悪いことをしてきたのでしょう。
今回のことは、バチが当たったのでしょう。私に、産む資格なんて、ありません。
…でも、産みたかった。トモの赤ちゃんを、産みたかった。


体調は良くなったり悪くなったり、一人でつらさを耐えきれなくて頭がおかしくなりそうでした。
トモには何も言い出せないまま、一週間が経って、今日は検診のために再び産婦人科に行く日です。赤ちゃんが居ないことをさらに確信するだけなのに。
「うん、中は大丈夫だから、もう来なくていいよ」
白髪頭の医者を思わず睨みつけました。


そして病院から出た私は、仕事中のトモと偶然鉢合わせしました。
「アキ?何やってるの?ここ産婦人科の病院でしょ?」
私は何も言えませんでした。何をどう言っていいのかが分かりませんでしたし、言わなくても分かってくれるのではないかと、淡い期待も胸にありました。
「アキ、もしかして…中絶したの?」
思いもよらない言葉でした。あまりのショックに、声が出ませんでした。
「あの体調不良は妊娠だったの?何で言わないの?…最低だね、気まずいからって、勝手に堕ろすなんて」
トモは私を置いて立ち去ってしまい、私はただその場で泣き崩れることしかできませんでした。


マンションに帰った私は、私物をまとめて、実家に帰りました。
母が驚いて何があったのか聞いてきましたが、何も言えませんでした。
荷物の中に携帯がないことに気が付きました。これではトモが連絡しようと思っても出来ません。彼は私を捜しに来てくれるでしょうか、それとも「ああ居なくなっちゃった」って終わってしまうのでしょうか。
気づいていたようで気づいていませんでしたが、今日はクリスマスイブでした。
「今日はごちそうなんだけど、お父さん遅いから、先食べちゃおっか?」
母が気を遣って、理由を聞かず笑顔で夕飯の用意をしてくれました。
私も母のようなお母さんになりたかったです。…もう、赤ちゃん、いなくなっちゃったけれど。


玄関が開く音がして、父が帰ってきました。
「アキ、いるのか?…トモ君、外にいるぞ」
急いで外に飛び出すと、トモは私の携帯を差し出しました。
「これ…病院の先生から、預かった」
無言のままの私を、「見せたいものがある」とトモは車に乗せて、あるクリスマスのイルミネーションの前に連れて行きました。ハート形の、かわいらしいイルミネーションです。
彼が仕事で手がけたものだそうです。しかし、これを私が彼と見る資格はあるのでしょうか…?
「機械は、壊れても直らないけど、人間の絆は壊れても直る時がある。…白髪のお医者さんに、言われた」
「え?」


トモはあの日、私の元を立ち去った後、何となくまた産婦人科の前に戻ってきたそうです。私たちのやりとりをお医者さんは見ていて彼の顔を覚えていたらしく、落としてしまっていた私の携帯を渡してきたそうです。
そして。
「彼女は悪くない。そして流れた赤ん坊も悪くない。流産した女性の気持ちは、男の私達にとってきっとわからないだろうだけど…女性を支える力はある。そして君のパートナーは、強い気持ちと弱い気持ちがあると私は思った。ただ『流産』と告げる事しか出来なかった私を、凄い目で睨む彼女は強い部分。睨む目には溢れ落ちそうな涙…弱い部分だろうね。その弱い部分を支えてやるのが君の仕事だね。…あそこの場所で泣き崩れた彼女を見て、お節介かもしれないが、言わせてもらったよ。
機械は、壊れても直らないけど、人間の絆は壊れても直る時がある。君達は、直るんじゃないか?」


「俺たちは、直るよね?…アキ、上を見て」
彼が指を指した、イルミネーションの上を見ると、そこには…



Eternal Love A



落ち着いた後、どうしてもお礼が言いたくて、またあの産婦人科に行きましたが、病院は閉院していました。
…ひょっとしたら、あの白髪のお医者さんは、サンタだったのかもしれません。
トモには笑われましたけれど、私にはどうしてもそうとしか考えられません。


いま、私はバイトで、薬局の化粧品売り場で働いています。資格も特技もないですから、正社員にはなれませんけど、化粧品の仕事は私には楽しいです。派手な化粧も髪型も堂々と出来ますし。
休みがシフト制で、トモと休みが会うことは少ないですけど、帰れば彼の顔は必ず見れますから、不満は最初だけで、今はこれが当たり前に感じます。


最近は結婚という話を少しずつしています。正直、私は結婚はいつでもいいです。夫婦になることがゴールじゃないことぐらい、私でも分かります。
でも、結婚しても私は変わらず恋人同士のように過ごしたいです。ずっとラブラブじゃなくてもいい、トキメキがなくてもいい。
ただ、愛することの意味を、愛されることの意味を、忘れたくありません。
同じ過ちはしたくない、同じケンカはしない。ケンカが無くなることはないですけれど、一緒にいられる幸せを絶対に手放さない。
トモの愛を疑わない、自分の愛も信じる。
トモと付き合ってたくさん泣いた、あの涙の意味を忘れない。
このお揃いのブレスレットをつけて、あの時にもらった歌を聞いて。
母や白髪のお医者に感謝して、トモと巡り合わせてくれた「カヨ」に感謝して。
あの時確かにいた、トモと私の赤ちゃんにも、再び会えると信じて。
私たちは、これからも、一緒にいる。


あと、もし私たちが本当に結婚しても、あの、私が好きなココアを、毎日じゃなくてもいいから、作ってほしいな。




あたし


トモの彼女


だからさ


ねぇ


「キスしてよ」




「いいよ」